投資の本質がなにか。投資はけっしてマネーゲームではなく、むしろ仲間を作ることだということ、そして未来を信じることであるということを感じてもらえた、これが大きな成果だと思いました。投資をマネーゲームにしてしまう人たちがいるのも事実であるし、それも市場の佇まいでもあります。
しかし、私がみなさんに伝えたいメッセージはけっして投資=ダーティーというわけではありません。NHKスペシャルであったように、「協力」したり「シェア」したりすることは人間が人間ならしめることなのです。人間が動物と違うのは、仲間を作り、仲間と物事を協力して行うからなのです。それを支えるのが株式会社であり、株式市場なのだということを、読者の皆様にもお伝えしたいのです。
確かにハイテクこそ最先端の刃(リーディング・エッジ)である。だがそもそもナイフがなければ刃は存在すらできない。活力にあふれたハイテク部門は、死体に健康な頭脳がありえないのと同じようにそれだけで存在することはない。企業家的なビジョンと企業家的な価値観をもつ、活力あるイノベーターや企業家であふれた経済がまず存在しなければならない。

ドラッカー『イノベーションと企業家精神』

和紙を漉くときに使うすのこがあって、それを作るための鉋(カンナ)があるらしいのです。 で、この鉋が今ぜんぜん流通していないと。 そこで永さんが捜し歩いたそうなんですね。でも全国探してどこにもない。

そんなある時、京都の錦小路にある刃物屋さんにふらっと入って 「紙漉きに使う刃物はありませんか」 と聞いたそうなんです。 するとお店の人が「裏へ回ってください」って。 そこで促されるままに行ってみたら、なんと何年も探していた鉋が、荒縄で縛って何十枚って置いてあるんです。

昔これを持っていた職人が「いつか誰かが探しに来るから、そのときに分けてやって。つくれるのはもう俺しかいないから」って言って、置いていったって。「何十年もそのままにしておいて、そしてあなたがきょう探しに来た」って。

今日本で和紙が漉けているのは、その職人のおかげなの

鳥肌立ちましたねえ。なんてカッコよい職人さんで、なんてカッコよい話なんだろうって。

(Reblogged from edieelee)


石ころ
行き止まり
切り株の腰掛け
少しだけ独りぼっち
ガラスの破片
これは人生
これは太陽
これは夜
これは死

この足
この地面
この身と骨
道路の響き
スリングショット

閃光
銀色の輝き

争い
賭け
弓の射程
風の森
廊下の足音

擦り傷
こぶ
何でもない


先端

ぽたぽた
この物語の終幕

トラックが運んでくる一杯の煉瓦
柔らかな朝日の中
銃声
丑三つ時

1マイル
やるべき事
前進
衝突
女の子

風邪
おたふく風邪

家の予定
ベッドの中の身体
立ち往生した車
ぬかるみ
ぬかるみ

そして川岸が語る 三月の水
人生の約束
心の喜び

浮遊
漂流
飛行


うずら
春の約束

泉の源
最終行
落胆した貴方の顔
喪失
発見



あいつ
あの男
貴方の手の中のトゲ
そしてつま先の傷

川岸が語る
三月の水
それは人生の約束
それはあなたの心の喜び

一点
ひと粒

ひと口
瞬き
禿鷹
突如の闇

ピン

一撃
痛み
蝸牛
なぞなぞ
借り鉢
染み


石ころ
最後の荷物
切り株の腰掛け
一本道

そして川岸が語る
三月の水
絶望の終わり
心の喜び
心の喜び
心の喜び

この足
この地面

石ころ
これは予感
これは希望

三月の水/アントニオ・カルロス・ジョビン

3月の水~菊地成孔の粋な夜電波10月2日分ラスト書き起こし~

手話で600語以上の単語を習得した
ココというゴリラが研究者のムーリンと
「死」について会話した内容は
次のとおりです

ムー:念を押しますよ、
   このゴリラは生きているの、
   それとも死んでいる?
ココ:死んでいる さようなら。
ムー:ゴリラは死ぬとき、どう感じるかしら?
   --しあわせ、かなしい、それとも怖い?
ココ:眠る。
ムー:ゴリラは死ぬと、どこにいくの?
ココ:苦労のない 穴に さようなら。
ムー:いつゴリラは死ぬの?
ココ:年とり 病気で。

どうですか
僕はこの部分を読んだとき
身震いしたのを覚えています

人間と同じじゃないか と

ちなみに手話の素は英語です
「苦労のない 穴に さようなら。」
の原文は
“Comfortable hole bye.”
となっているようです

良い言葉ですね
「苦労のない 穴に さようなら。」

いずれは僕も
「眠る」 そして
「苦労のない 穴に さようなら。」
といきたいものです
(Reblogged from nakano)
再現性低下の信奉者の一人、ジョナサン・スクーラーは、「オープンソースのデータベースを設置し、研究者はそこに研究計画の概要とすべての結果を提出することを義務づけるよう推奨する」と言う。すなわち、あらかじめどのような実験をするかを述べておいて、さらに、結果の如何にかかわらずそれを公表するということだ。大部分の結果は否定的になるだろうが、それによって肯定的結果は、将来の実験に対してさらに堅牢で強固になる。

「再現できない実験結果」: 七左衛門のメモ帳

この元の文章に記されているような、顕著な「再現性の低下」がどの程度ほんとうらしいのか、私にはよくわからないが、「研究計画の概要とすべての結果をデータベースに公開することを義務付ける」ということをベースにした研究の進め方は、少なくとも研究室レベルではうまくいくのではないかな、と思った。すべての結果を公開することを前提とすることで、研究者の技術の向上、倫理性の向上、研究の質の向上、などをトレーニングしていくことが可能だろうし、そういうことができていれば、営利企業・公的機関など、どのフィールドにいっても対応できる研究者を教育できるのではないか。

「アイデアが盗まれると困る」という人は、アイデアがとても珍しく、とても貴重なのだろう。
どんどんアイデアが浮かぶ人になれば、アイデアは貴重でなくなる。
(Reblogged from gkojay)

日本社会に長い間暮らしてきた人間として強く思うのは、「自己を客観視しない価値観」が問題だと思う。失業したり、なにかひどい目にあったら、それが直接「自分自身の価値の喪失」と捉える文化がこの国にはある。仕事や学校、そのようなものに自己を同化させて、そこでの評価が絶対となっている。

自殺率が比較的低い国(アルゼンチン、英国、スペインなど)の人たちと話していて思うのは、彼らにはそのような価値観が全く理解出来ないだろうなということだ。彼らの世界は自分中心で作られており、どんなことがあってもそのせいで「自分自身の価値自体が喪失」したとまでは考えない。平たく言えば、だいたい他人か社会のせいにして、「おれ、悪くないから」で済ます。

またそれに付随することとして、日本人と議論して相手の意見に異を唱えると、とかく彼らは感情的になる。あたかも自分の存在が否定されたかのように感じるらしい。外国人との議論では前提となるのは「各自が違う意見を持っていることが当たり前」ということだ。だから、反対意見を言ったところでそこまで感情的にこじれることはない。

(Reblogged from sironekotoro)